皇居周回路の1187、1188
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 以下に記述の「スイフヨウ」は、「皇居の周辺」では、「千代田走友会」の集合場所である「大手濠緑地」に一本だけという貴重な花木でしたが、‘05年(平成17年)初夏、強風のため幹が折れ、珍しい大木が、ちらほら花を着けたまま、その生涯を閉じました。
跡には中心部の大半が空ろであったことを物語る切り株と、暫くは、墓誌であるかのように樹名板が残っていましたが、その切り株も‘06年3月11日には掘り起こされて、名木の名残を留めるものは、何もなくなりました。 たいへん残念なことです。

 スイフヨウ(酔芙蓉)         アオイ科

 千代田走友会の定例練習の集合場所、「大手濠緑地」に珍しいフヨウがあります。

 フヨウは、民家の庭先でもよく見かけますし、昨年夏、皇居東御苑の案内板にも、「本丸石室付近にあるケヤキの下・・・」と紹介されていました。 淡紅色が普通ですが、白花もあります。
 ところが、東西線竹橋駅の大手町寄りお濠端出入口を上がったところにある大きなフヨウは、例年、8月中旬から10月初旬にかけて、早朝、八重咲きの白い花を咲かせます。 珍しいというのは、白かった花が、陽が高く昇るにつれて、花片に淡くピンク色が差してきて、お昼前になると、遠目には、乙女の頬にも似せた色に変わり、午後おそくまで紅みが増し続けて、夕刻にしぼむ点にあります。

 早朝に散歩される方は、前日咲いて、しぼんだ花が、申し合わせたように紅いことに不審を抱きつつも、「白いフヨウだ」と認識し、午後訪れる人は、何の変哲もない紅い花だと見過ごします。 大部分の人は、この変化に気づくまで、紅、白二色の花が咲く風変りな木だと思い込んでしまいます。
 この品種には、こうした特徴をうまく捉えて「酔芙蓉」という、何とも粋な名がついています。

 TVの推理ドラマで、問題場面の背景にあった「酔芙蓉」が、犯人のアリバイ崩しの小道具に使われる例があります。 白ばっくれても、フヨウ意な犯人の真っ赤な嘘が、花の色の変化で、ばれるという筋書きです。

 「芙蓉」の原産地は、中国中部だともインドだとも言われます。 日本各地でも古くから栽培されて来ました。 夏の暑さの真盛りに、薄くて大きな花弁を開くフヨウの花は、いかにも涼し気で、古来、多くの日本画家の心を捉えて来ましたが、中でも「酔芙蓉」が、好んで描かれています。 昨00年7月に、105歳の天寿を全うされるまで、絵筆を握って居られた小倉遊亀画伯の作品展で、晩年に描かれた「酔芙蓉」の清楚な美しさに、接したことがあります。

 ところで、「芙蓉」は、もともとハスの花のこと。 唐の玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を詠った白楽天の「長恨歌」(ちょうごんか)の中に、「芙蓉は面の如く、柳は眉の如し」とあるのですが、この「芙蓉」はハスの花を指すとされています。
 アオイ科のフヨウは、花がハス(芙蓉)の花に似ているので、木芙蓉と呼ばれていたのが、単に芙蓉となったのであろうと考えられています。
 「広辞苑」で「芙蓉」の項を引くと、第1義には、「ハスの花の別称、美人の例え」とあり、第2義として、アオイ科のフヨウのことが、詳しく説明されています。

               ’82年4月入会   佐々 幸夫(69)
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