皇居周回路の1187、1188
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   シダレヤナギ(枝垂柳)    ヤナギ科    

 4月に入ると、シダレヤナギの新芽が伸び、走路が緑に霞み始めます。 初夏の頃ともなると、新しい枝が、ジョガー、ランナーの皆さんに親愛の情を 示して、払いのけても、払いのけても頬擦りをしてくれるようになります。
 真夏の走路、陽射しを遮ってくれるのも嬉しいのですが、ヒートアイランド現象 というのでしょうか、晩秋に枯れてしまう筈の柳の葉が、いつの頃からか、いつ までも青々としたまま、年を越してしまうようになり、不気味ささえ感じます。

 皇居周辺の到る処で、街路樹にシダレヤナギが使われています。 周回路に 限っても、桔梗門から大手門を経て大手濠緑地までのお濠側歩道のお濠側、半蔵門 から桜田門まで、三宅坂の同じくお堀端の街路樹が、シダレヤナギです。
 周回路以外では、日比谷濠、外濠通り沿いなどにも、シダレヤナギの並木が あります。

 ヤナギには、ネコヤナギ、コリヤナギ(行李柳)、タチヤナギ、ヤマヤナギなど 姿、形がずいぶん違う数百の種があるそうで、ヤナギを表す漢字には、「柳」の他 に「楊」もあります。 日本で最も代表的なヤナギと言えば、シダレヤナギ、 「柳」の方は、このシダレヤナギを表す漢字です。

 皆さんは、「柳」から何を連想なさいますか。 年配者なら「銀座の柳」、 「怪談の背景に出て来る柳」、「小野道風の、柳に飛びつく蛙」、「柳、桜を こきまぜた素性法師」といったところですが、若いお方はいかがでしょうか。
 「蒲柳の質」という譬えもありますが、「ちいとばかりねえ」、「いやなかなか」 と、豊かさを噂されたことが、ご当人に聞こえてしまったとみえて、
     一抱へあれど 柳は 柳かな
加賀の千代女は、柳眉を逆立てることなく、や〜んわりと、しかし才気溢れる切り 返しをしたと伝えられています。
 将軍のいるところ、転じて幕府、将軍、将軍家の意味で使われる「柳営」は、 江戸城周辺の柳とは関係ありません。 手許の岩波国語辞典には、漢の将軍周亜夫 が細柳なる地に陣した故事によるとあります。
 辞書には、柳絮(りゅうじょ)という項目があり、綿毛をつけた柳の種子、 「柳絮飛ぶ」は、中国の春の情景を表すのに使われるとあっても、何かピンと 来ません。 それも道理、柳を詠んだ家持の歌があるから、奈良時代にはすでに 中国から渡来していたと判るシダレヤナギですが、日本にあるのは、ほとんどが 雄株だそうです。
 中国では、柳は、別れにつきもの。 旅立つ人に、柳の一枝を手折って、餞に するのが唐代の慣わしだったとか。

 柳枝が別れのサインなら、対する西洋では、柳は失恋のシンボルです。 不慮の出来事とは言え、事もあろうに、恋するハムレットに、父ポローニアスを 刺殺されたオフェーリアは、傷心の余り発狂します。
 「小川にさし出た柳の枝に、花の冠を懸けようとして、登った枝が折れ・・ ・・・」と溺死の模様を伝える王妃ガートルードの言葉が続きます。

      There is a willow grows aslant the brook
      That shows his hoar leaves in the glassy stream;

 柳の枝から滑り落ちた彼女は、暫く水面に浮いていますが、やがて見えなくなり ます。
 水に浮くオフェーリアは、多くの画家の心を捉えた題材で、有名な絵に、ミレイ (John Everett Millais)の「オフェーリア」があります。 背景に柳が描かれて いるのはもちろん、狂ったオフェリアの台詞に出て来る花々が、沈み行く彼女の 周りに、洩れなく、精密に描き込まれています。 テイト美術館所蔵のこの絵が、 先年、日本で展覧されましたから、ご覧になった方も居られることでしょう。
 英国留学中にこの絵を観た漱石は、強い印象を受けました。 帰国後に発表した 「草枕」を読めば、そのことがよく解ります。

 もう一つの四大悲劇「オセロー」では、ベニスの将軍、ムーア人オセローの 美貌の妻デズデモーナが、イアーゴの奸計のため、将軍副官キャシオとの仲を 夫に疑われ、ついにはその手で、絞め殺されて果てることになります。 その晩、デズデモーナは、夫に信じて貰えない辛さ、悲しさに、昔、母親のメード だったバーバリが失恋して歌ったという「柳の歌」を、運命を予感するかのごとく 歌ってやみません。

      The poor soul sat sighing by a sycamore tree,
         Sing all a green willow;
      Her hand on her bosom, her head on her knee.
         Sing willow, willow, willow.

4度もリフレインがあり、 willow が、この場面で14回も出て来ます。
 この歌はヴェルディの歌劇「オテロ」でも採り入れられています。 クラシック・ ファンの中には、アリアをご存じの方も多いことでしょう。

               ’82年4月入会   佐々 幸夫(68)

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