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胴上げ初体験に感激
英国から来訪、世界を走る
2000年5月23日 読売新聞(地域ニュース)
新聞記事の内容
千代田走友会
外資系金融マン
ロバート・ハーストさん (52)

皇居をかける

 ワーッショイ、ワッショイ!
<胴上げ>は生まれて初めての経験だった。
1976年11月の第一回サンスポ千葉マリン(15km)を45分38秒で優勝した。
 仲間がみんな自分のことみたいに喜んでくれた。とても感じのいい人たち。
 応援のためにゴール近くに集まってくれていた人、走り終えてすぐの人。優勝した自分の周りにわーと輪になって、あっという間に体が宙に浮いていた。
<とってもハッピーだったね>
イングランドやアメリカにはこんなすてきな”サービス”はない。


写真
大手町のオフィス街を疾走するロバート・ハーストさん(日比谷通りから大手門に向かう)
 生まれ故郷の英国・ヨークシャ州は、果てしなく続く丘陵と放牧の羊とむき出しの自然があった。
中学時代、ラグビー、クリケット、クロスカントリー、3つのクラブに入っていた。
一番生にあったのが、クロスカントリー。
 冷たい雨の降る森の中を、泥道を、時には雪の降る道を駆けた。自然がそのままコースだ。
 高校時代には、北イングランド・チャンピオンにもなった。
 大学はケンブリッジに進んで、クロスカントリー部のキャプテンも務めた。
 オックスフォードとの対抗戦に何年ぶりかで勝った時も嬉しかった。
 大学を卒業して、アメリカに渡り、ペンシルベニア大学(大学院)でビジネスを専攻した。
 大学のあるフィラデルフィアの街は、クロスカントリーより、川べりを走るロードワークが似合う。
 それからロードレースが自分の中心になった。そのころはセントラルパークを5周したニューヨークマラソンや、街全体がお祭り騒ぎでとてもゆかいなボストンマラソンも走った。
 ビジネスを学びつつ、夏休みを利用して、東京のNTTでアルバイトをした。
 ヨーロッパ、アメリカの次は、アジアを見てみたかった。日本語を勉強したら、73年、就職したアメリカの銀行の配属先が東京支店だった。
 大手町のオフィスと五反田の自宅を毎朝毎晩走って往復した。
翌年、別の外資系銀行のダラス出身の駐在員に誘われて、毎週日曜、皇居を走るジョギング同好会・千代田走友会に入会した。
 それから一緒に走り始めた。優勝の胴上げも彼らがしてくれた。
 ヘッドハンティングされて会社を何度も変わった。
 NY、ワシントンDC、香港、また、東京と、住まいも次々変わった。
 24時間国際マーケット。ヘッジ、スワップ、高度な金融商品、それらを顧客に提供する。
 全世界を飛び回り、そして、滞在先でも1人で走り続けてきた。
 そして、今、米国の保険会社「AIU保険」の兄弟会社、「AIUファイナンシャル・プロダクト・コープ」
日本法人の代表を務める。
 この4月、神楽坂近くに居を構え、東京にも当分腰を落ち着けることが出来そうだ。
 何年ぶりかで、日曜日の皇居に顔を出してみた。「あれー」。顔を見て、千代田走友会のみんなが目を丸くした。何年たっても変わらない、本当にいい仲間たち。忘れないでくれた。
 しばらく、また、”ハッピー”なランニングライフが送れそうだ。

読売新聞、読者相談室 新聞記事掲載了承済み